大阪地方裁判所 昭和40年(ワ)3858号 判決 1968年2月22日
原告 甲野一郎
右訴訟代理人弁護士 加藤充
同 佐藤哲
同 土田嘉平
同 杉山彬
被告 乙山次郎
右訴訟代理人弁護士 樫本信雄
同 浜本恒哉
主文
被告は、原告に対し、金一〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和四〇年九月九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを五分し、その四を原告の負担とし、その一を被告の負担とする。
この判決は原告が金二〇、〇〇〇円の担保を供するときは原告勝訴部分に限り仮りに執行することができる。
事実
原告訴訟代理人は、「被告は、原告に対し、金五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。
一、原告は、昭和二四年六月四日、甲野花(旧姓藤井)と結婚し、昭和二五年二月二二日、婚姻の届出をなし、以来夫婦仲むつまじく平和な家庭生活を送ってきた。
二、被告は、A株式会社(以下訴外会社という)の技術者であったが、昭和三六年から訴外会社の生産部長となり、その後取締役となっている。
三、甲野花は、昭和三二年から訴外会社の生産部管理検査係に勤務したが、被告は、しばしば甲野花を誘惑し、甲野花がこれを拒絶すると職場では甲野花に全く口をきかない態度に出て甲野花に苦しい思いをさせていた。そして被告は、昭和三七年九月七日、上司の地位を悪用して甲野花には夫があることを知りながら、甲野花と肉体関係をもち、以来昭和三九年九月項まで肉体関係を続けていた。
四、しかも被告は、原告に対し、甲野花との肉体関係を認めた上、原告にすまないとも悪いことをしたとも思っていない旨の暴言を吐き、昭和四〇年三月三日、原告及び原告代理人の杉山弁護士と会った際にも全く不誠意な態度を示した。
五、原告は、昭和四〇年八月二五日当時甲野花との間に中学校三年生の長女及び五才の次女をもうけており、被告の右不法行為によって多大の精神的苦痛を蒙ったもので、右精神的損害に対する慰藉料額は金五〇〇、〇〇〇円を下らない。
六、よって原告は、被告に対し、慰藉料金五〇〇、〇〇〇円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日から支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁として、次のとおり述べた。
一、原告主張の一の事実は不知。二の事実は認める。三の事実中甲野花は、昭和三二年から訴外会社の生産部管理課検査係に勤務したこと、被告は、昭和三七年九月七日、甲野花と肉体関係をもったことは認めるが、その余の事実は否認する。四、五の事実は否認する。
二、被告が昭和三七年九月七日、甲野花と肉体関係をもつに至ったのは、甲野花が同日被告に対し、原告が道楽者であって家をあけることが多く、別居していたこともあるとか、避姙の手術をしたので姙娠しないとか、自分も極道してもよいと思うなどと述べて暗に被告との関係を求める態度を示したためである。そして被告は、以来二年位の間、甲野花との肉体関係を続けていたが、甲野花は、その間被告に対し、原告とは別れる旨告げていて、被告との関係をむしろ要求する状態であった。
≪証拠関係省略≫
理由
一、≪証拠省略≫を綜合すると、原告は、昭和二四年六月四日、甲野花(旧姓藤井)と結婚し、昭和二五年二月二二日、婚姻の届出をなし、夫婦として同居してきたこと、そして原告は、甲野花との間に同年六月五日、長女K子を、その後次女をもうけたこと、被告は、訴外会社の技術者であったが昭和三六年から訴外会社の生産部長となり、その後取締役となっていること(このことは当事者間に争いがない)、甲野花は、昭和三二年から訴外会社の生産部管理課検査係に勤務したこと(このことは当事者間に争いがない)、甲野花は、訴外会社に入社した当初から上司にあたる山田進に対して夫である原告についての不満をもらし、山田進との間に二、三回肉体関係を結んでいたこと、被告は、昭和三六年頃、訴外会社の生産部長として甲野花の上司となり、職場での接触が多くなったため、互に誘い合って食事をともにするようになったこと、そして被告は、昭和三七年九月七日、甲野花と肉体関係をもったこと(このことは当事者間に争いがない)、被告は、その後も甲野花には夫があることを知りながら、昭和三九年九月頃まで月に二、三回甲野花を誘って肉体関係を続けていたが、その間甲野花も被告に対し、夫である原告の道楽が激しいため自分は別居して実家に帰っており、原告とは別れて自活したいなどと話して、被告との関係を継続したいとの積極的な態度を示し、訴外会社における同僚である村山月子にも上司である被告との交際をもらしてむしろこれを得意にするような態度であったこと、原告は、同月一〇日頃、妻の甲野花が被告と情を通じていることを知り、心痛の余り同月末頃から二週間位勤め先の会社を欠勤したことを認めることができ、証人甲野花の証言中右認定に反する部分はたやすく措信し難く、他に右認定を左右しうべき証拠はない。
以上の事実によれば、被告が原告の妻である甲野花と肉体関係を結び、二年間この関係を継続した行為は原告の家庭生活の平穏を侵害する不法行為であり、これによって原告が蒙った精神的損害に対する慰藉料を支払うべき義務があるものというべきである。
二、そこで慰藉料額について考える。
≪証拠省略≫によれば、原告は、甲野花との間に二女をもうけ、昭和四二年一〇月二日当時長女は高校二年生、次女は小学校二年生となっていること、甲野花は、昭和三九年一〇月頃、訴外会社を退職し、以後勤めに出ていないが、原告が被告と甲野花との関係を知って以来、原告と甲野花との夫婦の生活は円満を欠くに至っていること、被告は、妻と長男、次男及び実父とともに家庭生活を営んでおり、月収金一五〇、〇〇〇円を得ていることを認めることができる。
以上認定の事実に前記一で認定した事実ことに被告と甲野花とが肉体関係を結び、この関係を継続するに至ったについては、被告が妻子もあり、かつ甲野花の上司として責任ある地位にありながら甲野花を誘った点など大いに責められるべき事情が存する反面、甲野花も夫である原告についての不満をしばしば勤め先の会社の上司、同僚等に告げ被告との関係を継続するについてむしろ自らも積極的な態度を示すなど、夫や子供のある者として甚しく軽卒であり不身持な態度であったことその他被告の不法行為についての一切の事情を合わせ考えると、被告が原告に対して支払うべき慰藉料額は金一〇〇、〇〇〇円が相当であると認められる。
三、そして本件訴状は昭和四〇年九月八日、被告に到達したことは本件記録上明らかである。
従って原告は、被告に対し、慰藉料金一〇〇、〇〇〇円及びこれに対する昭和四〇年九月九日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めうるものであるが、原告のその余の請求は失当である。
よって原告の請求は主文第一項掲記の限度でこれを認容し、その余の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 山本矩夫)